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子どもの権利に敵対する
「全国学力テスト」と、その問題点
 
鈴村明(DCI日本支部会員)
 
 
 2007年4月24日、全国の小学6年生と中学3年生を対象に、「全国学力テスト」が実施されました(43年ぶり)。小学6年生の場合は、算数Aと算数B、国語Aと国語B、中学3年生の場合も、数学Aと数学B、国語Aと国語Bのテストでした。「Aテスト」は、基礎学力に関するテストであり、「Bテスト」は、読解力・応用力を問うテストで、これらのテスト問題は、国立教育政策研究所内のメンバーが作成したと言われています。テストを受けた小中学生の多くは、「国語Aは簡単だったけど、続けて国語Bがあってワケがわからなかった」と受け止めているようですが、今回の学力テストの主目的は、「国際学力調査(PISA)」に沿った「読解力」(PISA型学力)についての調査だったと言えます。
 
@子どもの成長発達にダメージを与え、「安心と自信の持てる受容的な人間関係」をズタズタにする「全国学力テスト」。
 
 全国学力テストの実施が、子どもの成長発達にとって如何に有害なことであるのか?―今後、私たちが想像している以上の悪影響が表面化してくると思われます。
 全国学力テストの当日、「Bテスト」をうけた瞬間に、「からっぽの頭に石が落ちてきたようだった。点数をみるのがこわい」と強い衝撃を受けてしまった子どももいます。また、ワケのわからない「Bテスト」の問題の意味を読み解くことができず、答えを導きだすこともできずに、落ち込み、そして心に深い傷をおってしまった子どもも少なくなかったでしょう。
一方、「いつでも子どもの味方でありたい」と願い、「常に子どもの声に耳を傾ける教師でありたい」と考えている教師たちの多くは、テスト問題(特に「Bテスト」)を解くことができず、困りはて、つらい思いをしている子ども達の姿をみて、胸を痛めていたに違いありません。
 重大な点は、教師と子どもとが良き関係性や人間的な信頼関係をつくりはじめようとしている4月という時期に−もちろん、「他の時期ならいい」というわけではありませんが−今回の全国学力テストがトップダウンで実施されてしまったことです。この事態は、子どもの権利条約の見地から言うと、たいへん重大な問題といえます。
 DCI日本支部の福田雅章代表が論文「改悪教基法は子どもの権利条約とこんなに違う」の中で書いているように、「子どもの権利条約は、親や教師等子どもが成長発達の場で出会う身近な人との間に『安心と自信の持てる受容的な人間関係(居場所)』を形成し、そこに生まれる自己肯定感と共感能力を通して、人としての自律性と道徳性(人格)を培おうとするものです」。しかし、今回の全国学力テストの実施によって、子どもの成長発達と、子ども自身の個性の輝き(自己肯定感)にとって不可欠である「受容的な人間関係づくり」にダメージが与えられてしまったといえます。全国学力テストをきっかけに、子どもが教師に対する信頼感を失ってしまったケースもあったと聞いていますが、子どもの成長発達に不可欠な人間関係を破壊してしまうという点で、「全国学力テスト」の実施は、子どもの権利に真っ向から対立するものだったのです(尚、全国学力テスト問題については、『週刊金曜日』5月18日号における木附千晶編集長の記事もぜひお読みください)。
 本来、教育は、子どもと教師とが自他の敬愛と協力によって創造していく文化的営みですが、全国学力テストは、教育という「文化的営み」に、国家が介入した由々しき事態だったのです。
 
A"全国学力テスト体制"の危うさ。
 
 全国学力テストの問題は、このテストが実施された当日だけの問題なのではなく、日常の学校生活や教育課程の在り方にも大きな影響を及ぼす問題です。現在の小中学生が、来年度以降の全国学力テストの「Bテスト」をクリアーできるようになるためには、全国学力テスト対策のための猛特訓だけではなく、それまで展開される教育課程の全体を抜本的に改変しなければならなくなるからです。今回の全国学力テストの結果は、9月に出されますが、そこで、これまでの教育課程全体の問題点等が抽出され、新しい学習指導要領策定に向け、全国学力テストに照応した新しい教育課程が検討されることになっています。そして、それが前倒しで実施されることになるでしょう。こうした"全国学力テスト体制"への移行は、内閣府に設置された経済財政諮問会議の有識者議員らが提案していたように、「2010年までの国際学力調査における世界のトップクラスの達成」(その中でのごく少数のエリート育成)のための措置にほかなりません。つまり、一人ひとりの子どもの成長発達よりも、「国際学力調査における世界のトップクラスの達成」という国策を優先しているのであり、今回、全国学力テストを受けた大多数の小中学生は、そのための最初の実験台だったといえるのです。
 
B国連子どもの権利委員会の「勧告」に背をむける文部科学大臣の面々。
 
 国連子どもの権利委員会は、「第1回勧告(98年)」で、「日本の高度に競争主義的な教育制度が子ども達の発達を歪めている」と指摘し、「第2回勧告(04年)」の中でも「教育の高い質を維持しつつ、学校制度の競争主義的な性格を抑制するため、生徒や親の意見を考慮に入れながら、カリキュラムを見直すこと」と指摘し、日本政府に対し、2度の「勧告」を行っています。しかし、この間、文部科学大臣は、これらの勧告に背を向け、「学校制度の競争主義的な性格」を悪化させる方向で、「教育改革」を推進しています。  
 例えば、中山成彬文科相(当時)は、就任直後の時点から、"これまでの教育は競争しない方がいいという風潮があった"等と論じた上で、"そうした風潮を根本的に変える必要がある"という教育論を力説し、「もっと教育に競争原理を導入すべき」と強調しています。そして、中山大臣は、経済財政諮問会議に「よみがえれ、日本!」という教育改革プランを提出し、「学力向上−世界のトップへ、競争意識の涵養、全国学力テストの実施」を打ち出していたのです(04年11月)。
 また、小坂憲次前文科相の場合は、国会の文部科学委員会で(06年3月16日)、「全国学力調査の実施にあたって、過去の学力調査の弊害部分という点を十分注視する必要がある」と述べながらも、「勧告」について「競争的な教育制度についての懸念ということが表明されておりますが、(中略)日本では逆に以前の詰め込み、受験戦争と言われるような中でゆとり教育が叫ばれ、そしてこのゆとり教育が逆に学力低下を来したんではないかという議論があるほどに意見は多様化しておりますが、その中でこの指摘がどのような部分をとらえて言ったかよく分かりません」等と不真面目な答弁をしています。
 現在の伊吹文明文科相の場合は、昨年の教育基本法特別委員会の場で(06年11月28日)、「勧告を受けて、例えば学習指導要領を見直してゆとり教育を導入したわけですよ。その結果、今大変な非難に国内的にはさらされています。学力は低下してきていると」等と答弁し、「国際機関の一つの勧告ですから、教育行政をやっていく上の参考にする」が、「同時に、国民世論の赴くところはどこにあるかということもバランスを取りながら、しかし、何より大切なことは、世論や国際機関どおりやっちゃって子どもがそれで一番困ったら困りますから、その三つのバランスを取りながら考えていく」等と述べています。伊吹大臣の答弁には、小坂大臣の答弁とのくい違い等、多くの問題点がありますが、特に「国際機関の勧告どおりに進めて、それで子どもが困ったら困ります」という答弁は、国連子どもの権利委員会の勧告に対する無理解と同委員会への敵対的姿勢に満ちていると言えます。  
 以上、各大臣についてみてきましたが、現在の「教育改革」は、国連子どもの権利委員会の勧告に背を向けながら進行しているのです。
 
C全国学力テスト不参加の「犬山市の教育」に学ぶ。
 
 全国学力テストの当日、いくつかのテレビ・ニュースが、4月24日の愛知県犬山市の授業風景と全国学力テスト実施の様子とを対比してとりあげていましたが、この映像をみた、ある教育研究者(元ベテラン教師)は、「犬山市は、憲法26条どおりの普通教育を行っている」という感想を述べています。この研究者が指摘しているように、「人格の完成」をかかげ、学力の平等保障を教育理念にしている犬山市教育委員会のとりくみにこそ、公教育の希望があると言えます。
 また、犬山市では、教師と子どもとが良き関係性をつくりながら、「競争」でなく、子ども同士の「学び合い」をつくっており、「誰もが通いたくなる学校づくり」が進められています。その点で、『子どもの権利モニター』の木附編集長が「カウンセラー木附が語る『子どもと社会』」という連載の中で書いているように、犬山市は、「子どもの権利条約が生きた町」なのです。
 私たちは、犬山市教育委員会の事例にも深く学びながら、全国各地に〈子どもの権利条約が生きた町〉や〈子どもの権利条約が生きた学校〉をつくるために、地道な努力を開始しなければならないのではないでしょうか(07年5月12日記)。
 
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