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60年代の全国いっせい学力テスト
反対闘争は、民主教育を前進させた
 
東澤一郎 (元埼玉県公立中学校教員)
 
 
 「学力テスト」の目的・方法に疑問と批判をなげかけた中学生


 わたしが勤務していた中学校では、2、3年生のかなりの生徒が白紙答案で抗議した。「学力テスト」が強行された直後の感想文を紹介する。答えは書いたが、名前を書かずに提出して、父親に「馬鹿野郎」と一喝された男子生徒は、「10月26日という日は、生まれてからいちばん長い日だった。しかし、俺にとって絶対プラスになる経験をした」と書いた。
 白紙答案を出したことが新聞で報道されたことに怒った女子生徒は、「わたしたち一人ひとりが自分の正しい意志でおこなったのに、どこが悪いのか不満でたまりません」といい、「文部省は、反対している学校にむりに受けさせなくてもいいのに。文部省は、もっと世間のことをよく考えて、2度とこのような事件がおこらないようにしてもらいたい」と意見をのべている。 事件を通じて政治への関心をもった女子生徒は、「わたしたちは、もっともっと勉強してわたしたちの代表者たちのやり方を見守らなくてはならない。いつ、だまされるか、わからないからだ」と痛烈に批判する。
 学力テストのあり方について考えた男子生徒は、「全国いっせい学力テストで進学組と就職組に分けてしまうのは、大反対である。いっせい学力テストをするより3年間、授業をして教えてくれた先生方の方が立派な成績がつけられると思います。このテストをやらなかったのは、むりにさせているからです」と学力テストのあり方の本質をついている。 60年代には、子どもの権利条約は存在しなかったが、憲法と教育基本法のもとで当時の中学生は、旺盛に意見表明権を行使していた。
 
「偏向教育」のでっちあげと不当な処分
 
埼玉県教育委員会がおこなった「学力テスト」の強行ぶりは、すさまじかった。埼玉県教職員組合も県民を交えて激しく抵抗し、業務拒否の指令を発した。わたしたちの分会でもかなりの組合員が指令に基づいて職務命令を拒否した。警察や新聞社が多くきていた。市教育長も様子を見にきていた。とにかく異常な雰囲気であった。教室での押し問答を見ていて白紙答案を出すことにした生徒もあった。
 地域の反動勢力は、11月に「父母大会」を開き、「偏向教育をしている教師を処分せよ」と決議をあげ、市議会や県議会に請願した。その結果、県教委・市教委あわせて30人の指導主事が勤務校を訪問した。翌年4月、県教委は、職務命令違反などを理由に全県で9名、そのうちわたしの勤務校だけで4名に懲戒処分をしてきた。さらに、2名の社会科教師を職場追放にした。
 生徒たちも心に大きな傷を負った。卒業式の「卒業のことば」を式直前に校長が中止させたのである。生徒たちの学力テストへの疑問と批判が入っていたからである。子どもの発達のためではなく、政治的なねらいをもった学力テストは、いかに有害であるかを痛感した事件である。
 
学校の民主化はどのように進められたか 
 
(1)学校の教育目標は、「学力テスト」以前に憲法・教育基本法に基づいてつくられていた
 
一、 平和を愛し、民主主義をすすめる人間をつくろう。
一、なんでもなぜと考える人間をつくろう。
一、 自分の行動に責任をもつ人間をつくろう。
一、 よいことをすすんで行う人間をつくろう。
一、 基礎になる学力の持主をつくろう。
一、 ものの美しさのわかる人間をつくろう。
一、 働くことを尊ぶ人間をつくろう。
一、 じょうぶな体の持主をつくろう。
 
これは、京都・旭ヶ丘中や山形・山元中(やまびこ学校)からも学び、作成委員会の提案でつくられた。
 
(2)生徒の基礎学力を育てるために職場の教育研究を推進した
 
 「基礎になる学力の持主」を育てるためには、詰め込みによる知識量よりも、なんでも「なぜ?」と考える力を重視した。各教科部会では、教科書を比較研究したり、教材研究に時間をかけた。授業を校内の同僚だけでなく、地域にも公開したりした。校内の中間・期末テストは、選択肢を設けたり、〇×で解答させる問題ではなく、記述して解答する問題を多く取り入れて、思考力を育てようとした。レポート提出を求めた教科もあった。学年・学級内の成績順位は、生徒同士の競争をあおらないようにするため、成績一覧表を作成しなかったし、生徒に通知することもなかった。校外で作成される業者テスト(北辰テスト)は、絶対反対の意見もあったが、父母からの要求も勘案して、年に2回程度、実施して、全廃にはしなかった。
 また、家庭で自主的に学習ができるように自習課題や練習問題を掲載した「学習の手引き」("学習のしおり")を配布した。学習効果を見るため、「基礎学力テスト」を実施した。
 
(3)生徒の自治的な活動をすすめ、"生徒が主役"の生活指導をめざした
 
 生徒総会では、学級討論で出た「教室が暗いので明るくしてほしい」などの要求を発表させ、校長にこたえてもらったり、部活動でのいじめ問題も部長がこたえて生徒同士  で解決するようになった。
 修学旅行も京都・奈良の「観光」旅行を広島への「平和学習」旅行に発展させた。卒業式も職員協議会と生徒会の共同で企画し、「日の丸」も「君が代」もない、2部構成(第1部は3学年職員の司会、第2部は、生徒会役員の司会)の卒業式が実現した。進路指導も幅広い進路観を育てるよう「みんなで進路を考える討論会」を開き、卒業生や高校の教師をまねいて話を聴いた。
 
父母とのつながりを強めPTAの民主化を進めた
 
「学力テスト」事件による父母との対立から父母とどう連携していくか、模索がはじまった。まず、学年PTAをさかんにした。学校主導の保護者会ではなく、各学級から委員を選出して学年委員会をつくり、授業参観のあとの学級懇談会のテーマや進め方をきめた。学校後援的な活動より子育て支援的な活動をさかんにした。
 
このように、憲法26条と教育基本法第10条をよりどころにして続けた、10年にわたる民主的な学校づくりは、少しずつ前進した。
 このような努力と地域の高校全入運動や賃上げのたたかいが結びあい、教育行政の異常な不当処分は、数年を要したが、二人の教師の原職復帰と懲戒処分の事実上の撤回(和解)を勝ち取った。
 
 
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