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2007年3月2日
教育再生会議・第一次報告に隠された罠 子どもと一緒に怪物退治に出かけよう!

 
福田雅章(山梨学院大学法科大学院教授・DCI日本支部代表)
 
 いま、日本社会を教育「改革」という名の嵐が吹き荒れている。ふつうの嵐なら身をこごめて過ぎ去るのを待てばよい。しかし、この嵐はこれまでの蓄積をすべて台無しにしてしまうほどのとてつもなくでかいものだ。子どもを飲み込み、日本の国土を荒廃させ、日本社会そのものを沈没させてしまうおそれさえある。「美しい国」を統べる怪物リバイアサンたちの仕業だ。怪物の本当の正体とは?
 
 
 昨年12月15日、戦後日本の教育を支え、現行憲法の理念を忠実に体現していた教育基本法が土台ごと崩され、変質させられた。安倍晋三首相は、政権浮揚策という政治的意図の下、急遽、私的諮問機関である教育再生会議に報告を挙げさせた。名づけて「第一次報告 社会総がかりで教育再生を〜公教育再生への第一歩」。
 公教育の現状が「機能不全」に陥っているとの認識のもと、教育再生のための当面の取り組みとして、別表のような「七つの提言」を中心にそれぞれの具体策、および法改正を含む四つの緊急対応策の実現を求めている。
 
 
第一次報告に仕掛けられた"わな"
 
 これらの提言について、教育再生会議は、@学力低下、Aいじめ・校内暴力・不登校・学級崩壊、B指導力不足の教員、C「事なかれ主義」ともいわれる学校や教育委員会の責任体制のあいまいさに象徴される「公教育の機能不全」を克服し、「全ての子供たちに高い学力と高い規範意識を身につける機会を保障するような教育再生の実現を願って」(第三回教育再生会議での安倍首相の発言)出したものだという。
 しかし、新聞論調や識者の評論はほとんどが、「機能不全の克服策」という視点から、「有効でない」、「拙速である」、「科学的根拠を有していない」等と提言を否定的に評価している。日常的に子どもに関わる者にとっては、これらの提言が解決策にならないことは常識とさえいえる。
 それなら、いやしくも首相の諮問機関に結集させられた17人もの"有識者"が、現場では完全に否定される「教育の再生策」をなぜ立案したのだろうか。彼らはただ無能なだけなのか?
 いや実は、教育再生会議の設定した「提言は、公教育の機能不全に対する解決策」という枠組みは、リバイアサン怪物の正体を隠蔽するための"わな"だったのである。教育再生会議の提言の真のねらいは、・ ・ある目的の実現に向けられていたのだ。
 
 
近年の教育改革の流れ
 
 1990年代半ば、政府と財界は、バブル後の不況を克服し、国際的な経済大競争に打ち勝つため、産業構造とそれを支える社会文化構造の大変革を遂げる必要があった。
 財界はその一環として、終身雇用制を前提とした労働力構成の在り方を見直し、@管理職やリーダーとなる少数のエリートと、A専門能力を備えてリーダーに貢献する者、およびB大多数の単純労働者の"三つのグループ"に分け(後二者の労働条件はきわめて不安定であり、退職金・年金もない)、労働力の再編と総人件費の「低コスト化」を打ち出す(日経連「新時代の日本的経営」95年5月)とともに、それに適したリクルートシステムの確立のため戦後教育制度の大変革を求めた。
 これを受けた政府は、財界人や"有識者"から成る諮問会議などを通してさまざまな教育改革案を出させたが、二〇〇〇年の「教育改革国民会議」で新自由主義路線による教育改革の骨子を固めた。そこには、新自由主義によってもたらされる格差や心の荒廃に対応するための新しい公共への忠誠や規律の強化策(新国家主義)も盛り込まれた。
 他方、戦後の憲法・教育基本法体制の変革を虎視眈々とねらっていた「日の丸国家主義」グループは「愛国心」を滑り込ませた。同床異夢ながら新自由主義(新国家主義)と旧来の国家主義が合体したのだ。
 この新自由主義路線が現実に動き出すのは、小泉政権下。経済財政諮問会議(財界の幹部と新自由主義経済学者から構成)が、内閣と一緒になって、国の最重要政策の立案権を手中にしてからである。
 同会議は、教育分野の改革についても、二〇〇一年の公立・非営利教育への競争原理の導入を皮切りに、さまざまな教育政策を立案した。
 05年には、「規制改革・民間開放3か年計画」(「3か年計画」)として、@ 全国一斉テストの実施、A 学校選択制の拡大普及、B 教員免許状を有しない者の採用選考の拡大、C 特別免許状の活用促進、D 指導力不足教員を追い出す仕組みの確立、E 児童生徒・保護者の意向を反映した教員・学校評価制度の確立、F 学校に関する情報公開の徹底、G 教員人事権の市町村への移管、H 校長評価制度の確立、I 教育委員会制度の見直し、J バウチャー制度の検討、K 義務教育費国庫負担制度・負担率の見直し等々を決定している。
かくして教育は憲法原理と決別した。新しい教育の特徴は、国定の徳目を達成目標として課し、法令および教育振興基本計画の定める基準に基づき、上意下達の命令の下、規律のある中で行われるとする「教育基本法」の変質的改正を目指しているものだ。
 
 
第一次報告の真のねらい
 
 教育再生会議の提言の真のねらいは、財界(小泉政権)が強引に推進してきた新自由主義政策を貫徹し、「改正」教育基本法にその魂を吹き込み、血と肉を与えてそれを始動させることにあったことは明らかである。
 安倍首相は、第三回教育再生会議で、同会議の討議は「理由がちゃんと無ければ、『3か年計画』をベースにして討議すべき」旨を発言している。そして第一次報告の提言は、上記計画をほぼそのまま踏襲した。 財界幹部と自由主義経済学者および内閣が一体となって立案・決定した新自由主義教育改革の計画を、学力低下やいじめといった学校が直面している問題を解決するためという仮面をかぶせて、第一次報告に潜り込ませたのだ。
 教育への新自由主義政策の貫徹とは、単に親の多様なニーズに応える教育サービスの形成とそのための規制緩和、民営化や市場化テストを言うのではない。
 @財界の求めるその時々のニーズに適した教育政策(たとえば労働力再配分システムとしてエリートと非エリートの早期段階での選別)を実現するために、A各学校・自治体間での責任において徹底的に競争に駆り立て、B国の定める目的達成のための基準に基づいてその効果を測定・評価し、C最小コストで最大成果(効率)(評価に連動する賞罰の徹底)を達成するための、D国家統制システムの確立なのだ。
この視点から第一次報告を眺めると、たとえば「ゆとり教育の見直し」とは「一人ひとりの人間として自律的に生きる力」に代えて、全国一斉テストの評価や能力別教育によるエリートと非エリートの早期選別教育の導入を意味する。また「規範を教える」とは批判精神を奪って社会体制やエリートといった権威への忠誠を、またそうしない場合には規律による厳正処分を甘受することを内面化させようとするものである。「魅力的で尊敬できる先生の育成」とか「免許更新制度」は、排除や分限の恫喝を用いて盲目的かつ献身的に新自由主義教育体制に身も心も投げ出すことのできる先生の育成と言うことになろう。
 全国一斉テストの導入と学校選択の普及および外部の評価制度の導入は、教育成果の効率の測定評価との関係で、また学校管理職の補強や人事権の市町村への委譲(および、おそらく教育委員会の見直し)は自治体の競争に耐えうる教育責任主体の形成との関係で、当然の要請だ。
 かくして教育再生会議は、第一次報告を通して、まだ動き出していない「改正」教育基本法の事実上の教育振興基本計画策定者としてそれを始動させ、新法の本質が自由主義教育の貫徹にあることを明確にしたといえる。
 
 
子どもの呼びかけに大人が顔を向ける義務
 
 私たちは、「教育基本法」なきあと、いったい新自由主義教育という怪物とどのように対峙すべきか。このままでは、あらゆる子どもたちが怪物の餌食になる。日本社会からは子どもという存在が消えてしまう。子どもは、自分らしく生き(自律的で)、他人のことも考えられる(道徳的な)大人へと成長発達する途上にある存在だ。
 自律的・道徳的な人間へと成長発達するためには、"ダメな子"も、"よい子"も、成長の場で出会う身近な者(親や教師など)に無条件かつ継続的に受容(愛)される必要がある。それがない限り、自律性の根源となる自己肯定感も、道徳性の根源となる共感能力も育たない。孤独で、利己的な人になるのがせいぜいだ。
 これは、近年トラウマ治療の大脳生理学的研究の発展にともなって、再び脚光を浴びるに至った、人格形成に関する愛着理論の帰結である。国の定める基準に合わせて競走に駆り立てられ、選別と序列化された子どもは絶対に成長発達できない。
 新自由主義教育の下では、国定の徳目や全国一斉テストに象徴される"学力"を至上価値として植え込むことを期待されているからである。
 子どもの成長発達を援助するための叡智を凝縮した子どもの権利条約は、子どもが自ら受容的な人間関係を形成する権利を保障している。その権利を通して子どもは、@自らの人間の尊厳を守り、A成長発達し、B今の自分を生きることができるようになる。そのために用意されたのが、子どもの「ねぇ〜、ねぇ〜」という呼びかけ(欲求)に「な〜に」と、大人が顔を向ける義務(誠実な応答義務)を課した意見表明権(12条)だ。
「意見表明」とは、きちんと言語化されたものだけではない。言葉にならない態度や身体症状もすべて入る。そして「愛される」とは、そうした子どもの「意見表明」が、大人から見てどんなにばかげていようとも否定されることなく、受容的に対応してもらえるということである。こうした関係性があってはじめて子どもは「ありがとう(自己肯定感)」「ごめんなさい(共感能力)」という感覚を体得できる。
 子どもの権利条約は国内法に優先する国連の条約である。その理念は、憲法に通じ、「改正」法を国連の場で精査する仕組みも持っている。
 さあ、今こそ、子どもの欲求に誠実に耳を傾け、子どもとの間に「安心と自信と自由」を体感できる人間関係を形成しよう。それはすなわち「子どもの権利条約」を日常の中で実践することだ。そして、子どもと一緒に怪物退治の旅に出よう! 
 
 
 
【別表】
1.「ゆとり教育」を見直し、学力を向上する(授業時間数の一〇%増加、基礎と応用能力の育成、薄すぎる教科書の改善【緊急対応C:これらについて指導要領改訂】、全国一斉テストの導入、習熟度別指導の拡充と学校選択制の導入等)
2.学校を再生し、安心して学べる規律ある教室にする(出席停止制度の活用・警察との連携・体罰の範囲の見直し【緊急対応@】などの厳正な対処等)
3.すべての子供に規範を教え、社会人としての基本を徹底する(「道徳の時間」の確保充実、尊敬や誠実さといった道徳観の涵養等)
4.あらゆる手だてを総動員し、魅力的で尊敬できる先生を育てる(社会の多様な人材の積極的かつ大量の採用、頑張っている教員への徹底した論功、不適格教員の排除と分限、教員免許更新制の導入【緊急対応A:教育職員免許法改正】等)
5.保護者や地域の信頼に真に応える学校にする(保護者や地域・第三者機関による厳格な外部評価・監査システムの導入、校長を補佐する副校長・主幹等の管理職の新設【緊急対応C:学校教育法の改正】等)
6.教育委員会の在り方そのものを抜本的に問い直す【緊急対応B地方教育行政法の改正】(地域の教育に対する責任と説明責任、市町村教育委員会に人事権の委譲、外部評価制度の導入、教育委員会の統廃合、教育委員会の基準や指針の国定等)
7.「社会総がかり」で子供の教育にあたる
(保護者のしっかりしたしつけ、企業は「仕事と生活の調和」を実現し、教育に参画、有害情報からの子供の保護等)。
 
 
 「『週刊金曜日』2007年2月9日(641号)より許可を得て転載」
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