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<第4回 子どもの権利連続講座>
少年法「改正」と子どもの権利条約 |
斎藤義房
(日弁連子どもの権利委員会・少年法「改正」問題緊急対策チーム座長/弁護士)
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少年法は5年前に一度厳罰化という形で「改正」が行われました。このときは、少年法が甘いせいで少年が犯罪に走るのだという「キャンペーン」が張られまして、「改正」が成立してしまったのです。具体的には、刑罰が適用される年齢を16歳以上から14歳以上に引き下げました。もう一つは、16歳以上で故意に人を死に至らしめた少年は、原則として検察官送致を行って、通常の裁判所における刑事裁判にかけるという制度ができました。この二つが二本柱だったわけです。
日弁連はこのような罰で少年非行を阻止するということはできない、重大な事件を起こす子どもほど、養育歴等に非常なハンデを背負っているのであり、そのような子どもには罰よりも、福祉的なケアが不可欠であることを強く主張したわけですが、残念ながら厳罰化の改正が行われてしまいました。しかしながら、この厳罰化によってもやはり少年の重大犯罪は減少することはありませんでした。最近も、家庭内における子どもの事件が増えているように思いますが、あれらは典型的でして、親が自らの教育方針を子どもにおしつけ、いい子に見えていた子どもがある日突然爆発するという背景があるわけです。改正から5年後の現在、あのような改正は誤りだったという反省をすべきであるにもかかわらず、厳罰化路線を踏襲するような動きが再び起こっているのです。
●幼稚園児も少年院送致に
このたびの改正法案の中身ですが、日弁連は最近、パンフレットを作成しました。このパンフレットに具体的に記されているのですが、まず、5年前の厳罰化の流れを踏襲しているといいましたが、その一つが、14歳未満の子どもについても、少年院送致できるようにするというものです。現行法では、14歳未満の子どもは、児童相談所における福祉的措置として、児童自立支援施設送致をすることはできますが、少年院送致することはできません。このような現行法は甘いという議論が起こっているのです。パンフレットにも書きましたが、小学生も、幼稚園児までも少年院に入れようという議論なのです。
少年院というのは、柵があって、施錠されて、皆で同じ制服を着て隊列行進をさせるようなところです。刑務所よりはずっとましですが、それでもかなり規律が厳しいところです。そのようなところへ様々なハンデを抱えた子ども、親の愛情を受けられなかった子どもを入所させるというのはどうなのでしょう。現行法では、児童自立支援施設において、園長さんを中心とする家庭的な環境の中で、いわば「育て直し」をする、再び愛情を注ぐという措置が行われているのです。そのような措置で問題なく非行少年の社会復帰を行って来たわけです。でも、それでは甘いという議論なのです。
次に保護観察制度の改悪があります。保護観察というのは、定期的に保護司さんのところに通って生活の監督を受けるというものですが、その遵守事項、つまり定期的に保護司のもとに通うということができない子どもを、少年院に収容するという制度も検討されています。保護観察とはそもそも施設に入れる必要がない子どもに適用されるものです。が、そこでの規則に違反したということで少年院に入れるというのです。これも、5年前の厳罰化路線を引きずったものです。
●警察権限の強化
さらに、警察の権限を大きく拡大しようという議論もなされています。14歳未満の子どもについては、先ほどいいましたように福祉措置をとるというのが現行法であるわけです。調査も児童相談所がやることになっています。しかし、それでは甘いということで、14歳未満の子どもも警察に捜査させるべきだという議論が起こっているのです。
刑法においては、14歳未満は犯罪ではないことになっています。そして、警察は「犯罪」の捜査をする機関なのです。それにもかかわらず、犯罪ではない、福祉と教育の理念が貫徹されるべき領域において、警察が権限を持つということなのです。
これには、大きな問題があります。警察の捜査は、犯罪行為についてはしっかり調べます。どういう手口で、どこを何回刺したとか、そのようなことは綿密に調べます。しかし、背景にある、なぜその子どもが事件を起こしたか、ということについては、警察は非常に弱いのです。児童の心理に詳しい人たちが丁寧に聞き取らないとわからないのです。少年事件の被害者遺族にも、そのような警察の捜査手法に疑問を持っておられる方はいらっしゃいます。そういう意味で、警察が調べればみなわかるというものではないです。
もう一つ、弁護士会は非常に心配しているのですが、大人の刑事事件においても、警察の無理な取り調べにより、被疑者が誤った自白をしてしまうということは、少なからずあるわけです。子どもが対象になれば虚偽自白の危険性は大人以上に高まるのです。それが14歳未満の子どもであればなおさらです。密室で警察官に取り調べられたとき、本当にやっていなくても、警察官に問いつめられて子どもが否認しきれるか、ということです。警察官の言いなりになってしまう危険性は非常に高いと思います。大人の事件においても弁護士会は捜査の可視化ということを強く求めていますが、警察庁は一貫して反対しています。
そのような警察の取り調べが14歳未満の子どもまで対象となったら、いったいどうなってしまうのでしょう。私たちは、以前から、子どもの取り調べには、弁護士等の大人の立ち会いが不可欠であるということを一貫して主張しています。しかし、まったくそのような手当がなされることはありません。
●学校が警察になる
もう一つ、少年法には、「虞犯少年」という概念があります。これは、犯罪を犯すおそれのある少年、例えば、暴力団事務所に出入りしている子どもなどをさすのですが、このような子どもも少年法の対象として、警察などの調査の対象となっています。このような現行法に対しては、子どもについも、虞犯という曖昧な概念で手続きの対象とすべきではなく、大人と同様に、明確に犯罪となる行為を行った子どもに限って対象とすべきだという議論があり、国連子どもの権利委員会のドゥック委員長も、虞犯概念を廃止すべきとおっしゃっています。このような問題のある虞犯概念を、もっと広げて警察の調査の対象にしようという議論が今なされているのです。現行法は「虞犯少年」でなければ調査の対象とはなりませんが、それを「虞犯少年の疑い」のある少年にまで拡大しようというのです。「犯罪を犯すおそれの疑いがある」という、極めて曖昧な要件の下に、警察官の調査範囲を拡大しようとしているのです。結局は、警察官が「これは」と思えば、すべて調査できるのです。調査とは、具体的には、警察官がその子どもを警察署に呼び出して質問できるという制度です。現行法における「補導」では、警察署に呼び出すことはできません。これは子どもだけが対象ではありません。保護者・関係者・参考人も呼び出すこともできるのです。また、学校に対して警察官が照会することもできるのです。このような照会がなされた場合学校はどう対応するのでしょう。おそらく拒むことはできないでしょう。「学校の警察化」の危険すらあるのです。
先ほど世取山さんの報告の中に、ゼロ・トレラレンス政策の紹介と、国立教育政策研究所の報告書の紹介がありましたが、その中には、「最近の法改正」という項目がありまして、そのトップに5年前の少年法改正が紹介されています。「少年法もこのように厳罰化されました。このことを理解してください」という趣旨で書かれているわけです。つまり、少年法改正は、非行少年の問題に留まらず、教育現場にも大きな影響を与えつつあるのです。また、家庭内の子育てにまで警察が干渉するという状況も生まれうるわけです。
先頃、奈良で「少年補導条例」というものがつくられ、犯罪少年にいたらない不良行為少年についても、どんどん補導しようという流れになっています。「暴力行為に発展するおそれのある粗暴な言動をする行為」を行う少年など、極めて曖昧な要件で子どもを補導しようというのです。これはまだ条例ですが、少年法が今まで紹介したような形で「改正」されれば、これが全国に適用されるわけです。奈良の条例も、県民が知らないうちにいつの間にか成立してしまったようですが、少年法についても同様に、国民が内容をよく理解しないままにマスコミのキャンペーンなどにのせられて改正が成立してしまう危険があります。安心・安全のためなら、どんな法律でもできてしまうという危険な状況になっています。我々は客観的な事実を伝えて、もっと冷静な議論が国民の間に起こるように努力しなければならないと思っております。
少年犯罪が起きない社会とは、子どもが大人・社会を信頼する社会であると思います。少年法改正はこれとはまったく逆のことを行おうとしているのです。個人の尊厳・権利主体性を認める方向とはまったく逆の方向なのです。
(まとめ/山添健之 DCI会員)
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