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シンポジウム「教育基本法『改正』推進勢力の分析と重要論点の検証」
2006.8.12
第3セッション
 
教師の地位、教師の研修・評価、養成と教育基本法「改正」
--法案9条を批判する--
 
  
<植田健男(名古屋大学)>
 現行法の6条の内容・意義と、政府法案第9条の問題点ということを中心にお話しします。
政府法案の第9条には、「教員」という独立した規定が置かれています。教育改革の中で、教育がうまくいってない原因の一つに教員の問題があるという批判がなされているのですが、それに対応した条文作りだろうと思います。
 現行法6条は、「教員」ではなく「学校教育」というタイトルが付いています。「学校」の持っている公の性質を有機的にとらえ、教員の責務を規定しているという関係が重要です。ここには全体の奉仕者性ということが書かれていますが、これは、国公私立を問わず全ての学校に適用されるということが重要です。私立学校の教員も含めて学校の公共性を支える教員に対して、これは10条にあるように、国民に対して直接責任を負うべき教育活動を担う役割を考えているのです。これは教師一人で担うものではなく、教育の営み自体が国民全体との直接関係の中で問われていると考えます。つまり、公教育の持つ根本的な責任関係を規定しているものと考えるべきであって、自分たちの教育を自分たちで担い、責任を負っていくという共同関係を考えるべきです。10条の直接責任性を考えるにあたって教師の果たすべき責任は大きいのですが、こういう関わりの中で6条1項、2項と10条の関係があると考えるべきと思います。
 6条2項において全体の奉仕者性を語ったうえで、教育の直接責任性を果たしていくときに、全体の奉仕者としての教員が重要な役割を果たさなくてはならず、教員の身分保障・待遇の適正がはかられなければならないという規定がされています。これを切り離してしまうと、「誰のために尽くすのか」の問題が逆転してしまうおそれがあるわけです。
にもかかわらず、現行法6条の「学校教育」の規定をあえて切り離して、政府法案が「教員」という規定に閉じこめていることは、政府法案の2条や16条の問題に関わっていると思います。少なくとも現行法では、自らに託された教育の責務を果たすためには教育の自由を主体的に担う必要があり、そのためには、自主的研修権が必要という話につながっていくわけです。
 教育公務員特例法に定められる教員の研修権には、一般公務員の研修権とは異なる特殊性があります。一般公務員の研修は、勤務能率の発揮及び増進のために、主に任命権者が行う研修であるわけです。しかし、教員研修の場合にはこれが全てではなく、教員の自主性・人間的主体性に基づく自主研修の保証として規定が生まれたのです。このような自主研修権を保証しない限り、教育の専門的自立性を担うということはできません。このような意味で、現行教育基本法第6条をとらえる必要があります。
 
●政府法案第9条「教員」の大きな問題
 
 9条だけをみていればどこに問題があるかは見えてこないのですが、一番問題だと思うのは第10条との関係です。今回、第9条から、「全体の奉仕者」という言葉が削られているわけです。それは、現行法第10条の「教育の直接責任性」が、政府法案16条で削られていることとつながっているのです。教育の営みが、国民全体に対して直接に責任を負うという関係ではなく、16条にあるように、「教育は法律の定めるところによって行う」という構造になっているわけです。つまり、自主的な営みである教育活動が、教育関係当事者の中で内容を創造し、責任を負っていくというのではなく、国会によって定められる法律によって行われるということになるのです。このような構造のもとでは、教員は、法律によって定められる教育内容を実施する者という位置づけになり、地域における教育の創造を担っていく教師という教師像とはまったく違う教師像が想定されているのです。これは非常に強い影響を持つ規定だと思います。先ほど改正法2条についての議論がありましたが、これについても、「徳目」の中身は法律によって国家が決めるということになっており、教員はそれに従って実施するしかないという立場に追い込まれるのです。これは大学教育においても例外ではないのです。
 国はこれまでも国家による教育内容への介入の問題を、「これは教育における議会制民主主義なのだ」という形で正当化してきたわけです。国民の意思は、国会議員を選ぶ段階で反映されているというのです。しかし、教育における議会制民主主義が妥当するのは、教育制度、教育予算の確保というレベルまでであって、何を教えるのか、何が真理なのかということについて国会で決めるということなどあり得ない話です。なぜなら、これでは現行法10条に定める教育の直接責任性とまったく矛盾してしまうからです。そこで、文部科学省は、10条1項の問題は語らなかったわけです。それを教育における議会制民主主義というレトリックで説明して、教育の直接責任性を名実ともに消してしまうということになるのです。これは、法と教育との原則関係の否定です。
 教員研修についても、一般公務員に限りなく近い研修の形に追い込まれていくのだと思います。「教員の資質向上プログラム」への参加義務とか、命令による研修ということが法則化していき、その中で不適格とよばれる教員が排除されていくことになるのです。また、改正法がわざわざ教員養成にまで言及しているのも、教員養成課程についての根本的な変化が想定されているのではないかと考えられます。
 以上が9条に関わる、現行法との比較による問題点の指摘です。
 
 
  
 東京都における教員評価と学校評価について 
   
<鈴木敏夫 (都立高校教員)>
 これまでの経緯といたしましては、都教委が「都立学校の構造改革」として人事考課、主幹制、授業要綱という、3つの柱を打ち出しました。
人事考課制度について、都は制度目的を2点あげています。一つは、教員の能力・資質の向上、もう一つは、学校組織の活性化を図るということです。今年度からは、人事考課が普通昇給にまで関わるようになりました。2年前からは、仮評価* があると、昇給延伸があるという制度も導入されました。通信簿のたとえを使えば、1と2のある教員は昇給が3ヶ月遅れるのです。そして来年度からは、昇給が25パーセント圧縮されるという制度も導入されます。
 主幹制度については、東京は、教員を経営層・指導層・実践層にわけることになっています。校長・教頭(副校長)が経営層で、指導層にあたるものとして主幹制度が導入されました。経営層と指導層が学校の基本計画を立案して、職員会議は、そのような計画を周知・徹底する場としか位置づけられていません。挙手裁決は禁止という通知も出されています。
異動要綱の改正もあり、3年で異動の対象、6年で強制異動になっています。3年以下でも校長が必要と判断すれば異動させられます。これは、構造改革の中で、必要な資質を持った教員を必要な学校に配置するという側面を持っています。公募異動がこれとセットになっていて、重点支援校へは公募で異動ができます。
 
●学校評価の問題
 
 学校ごとに目標をたてて、それに基づく学校の到達度を評価します。それに基づき人・物・カネの差別を行い、学校を競争させるということです。知事が2期目の公約に掲げたのですが、都立学校の中に立ちゆかなくなるものがあってもいいと、そのような学校は民間に移譲するというのです。つまり、学校と教職員に適切な競争原理を働かせるのが学校を活性化させるのだという公約を掲げて、当選した直後から、ドラスティックに始まりました。02年には、学区制が廃止されました。翌年から校長が学校経営計画をたてて、これに基づき教職員も人事考課の自己申告書を書くことになりました。学校経営計画は、計画→実施→評価→改善という流れになっています。これを評価するのが都立学校経営支援委員会というものです。今年の4月からは都内に6カ所つくられた学校経営支援センターというのができて、二つが相まって学校の経営評価を行っています。そのような評価に基づいて、人、物、カネの重点支援を行うのです。その中心となる学校が重点支援校であり、約41校あります。また、学校にバランスシートの作成が求められています。
 学校評価については、学校経営計画はHPで公表されます。その中では数値目標の設定が強く打ち出されています。多いのは、その学校の受験倍率の向上です。あとは、4年生大学の合格者や、センター試験受験者の向上、得点の向上などです。結局受験的な内容にシフトせざるを得ないのです。
 そうした目標を学校経営支援診断という形で評価されます。これもHPで公表されていますが、どのようなことが評価されているかというと、たとえば、「昨年度までは校長の経営計画について一部の教員の反発もあり、校長がリーダーシップを発揮しにくかった。しかし、人事異動の促進により、校長・副校長・主幹による主幹会議を行うようになり・・・」ということで、すなわち、反発する先生を飛ばして校長の意に従うようにさせたということが評価されるのです。
 重点支援校はどうなっているかですが、三年計画で、初年度に予算が配分されます。予算は、300万から1000万円の範囲で、計画の内容により定められます。物と金についてはかなり重点的に配備される。人については、数より質を優先するということで、数的にはそれほどドラスティックな優先は行われていないようです。
 その他の支援としては、クラブ予算の重点配布があります。これが配布された学校は、部活動推進指定校といわれる学校と重複していることが多いようで、一定の実績を上げた学校は、どんどんカネが入るのです。特色のない学校はどうしようもありません。
 
●人事考課について
 
 自己申告と、行政による評価、授業観察によって成り立っています。学校の経営計画をふまえた自己申告書の提出、ここでは、目標の設定と、それを実現するための具体的な計画を書かなければなりません。そして、校長の面接が年3回あります。これをどのように評価するかというと、学習指導については、併せて12項目について、4段階の評価が下されます。評価主体は校長と、教育長です。去年までは特別昇給はその評価に基づいてなされていました。この、自己申告書の作成は、義務付けられているものではないのですが、学校経営の評価項目に含まれていますので、書かない教員は特別昇給されることは一切無いのです。
 ここで、4段階中のC、Dの評価を受けると、通年指導を受けることになります。通常年三回の面接が、年六回となります。また、Dは昇給が25パーセント圧縮されます。処遇と連動するシステムになっています。
 管理職には成績律が導入されています。勤勉手当を差別支給するのです。管理職のA〜Eランクの評価により、年間10万円近く差がつくようです。
 これを教職員がどう見ているかですが、都高教の報告書では、学校運営にどういう影響があったかという質問に対しては、プラスになったという回答は1パーセントしかありませんでした。マイナスの内容としては、士気の減退が7割、信頼関係の減少75パーセント、協力・協働が弱まった68パーセント、等となっており、ほぼ全ての教員が問題があると認識しているのです。制度設計とはまったく違った結果が生じているのです。これは失敗であるといわざるを得ません。
 最後に、研修について述べます。東京では、初任研にくわえて、二・三年次研修が行われます。それから、「教師道場」というのができました。選ばれた400人から授業力リーダー、授業力スペシャリストというのをさらに選び、主任教諭というものにしようとしています。長期休業中の研修についても、自主的には行うことができず、基本的に全部出勤することとなりました。ただ、年間10日だけ自主研修が認められますが、その内容は「授業力向上」でなければなりません。極めて限定した内容になっているのです。
 
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