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「"われら"の教育宣言」を守れ!
=〔教育基本法の再読と再発見〕&〔国会審議をめぐる問題点〕=

鈴村明(DCI日本支部会員)
 
 
(1)教育基本法は、「"われら"の教育宣言」!!
 
教育基本法「改正」に反対する、ある集会の中で、『11の約束―えほん教育基本法』を書かれた伊藤美好さんが「『教育基本法改悪反対!』と叫ぶ前に、一人ひとりの市民が『教育基本法』そのものを読んで、その一つひとつの文章を心で感じとってほしい」と語っていました(6/8、『11の約束』は、伊藤美好さんと池田香代子さんとの共著)。教育基本法を再読する中で、再発見する観点も少なくなく、その意味でも、教育基本法を読み直すことは有意義なことです。特に、学校の先生をはじめ、多くの方に、現行教育基本法の「第2条」を再読してもらいたいと考えています。「第2条(教育の方針)」には、「教育の目的は、あらゆる機会に、あらゆる場所において実現されなければならない。この目的を達成するためには、学問の自由を尊重し、実際生活に即し、自発的精神を養い、自他の敬愛と協力によって、文化の創造と発展に貢献するように努めなければならない」と書かれています。下線を引いた理由は、この文章に「主語」が明記されていないからです。知り合いの小中学校の先生に、「下線部の文章には主語が書かれていませんが、省略されている主語は何でしょう?」と尋ねると、「わからないですね」と回答する先生、あるいは「『教師は』という主語が省略されているのではないか」と回答する先生もいました。正解は、「『われらは』という主語が省略されている」です。なぜ、「われら」が正解であるのかというと、教育基本法には、正式の英文があり、そこに「We」と明記されているからです。『11の約束』を書かれた池田香代子さんが「(基本法を読んで)はっとしたのは、教育基本法には『われら』という主語があること。それは教育基本法と憲法の大きな特徴」と語っていますが(同書30頁)、教育基本法の主語は「われら(We)」なのです。ですから、「第2条」で省略されている主語も「われら」ということになります。制定当時における「第2条」の原案が「教育の自律性と学問の自由を尊重し」となっていたことをふまえると、現行法「第2条」の教育理念は、〈われらは、教育の自律性と学問の自由を尊重し、実際生活に即し、自発的精神を養い、自他の敬愛と協力によって、文化の創造と発展に貢献するように努めなければならない〉という内容になるわけです。そして、教育という営みは、父母や市民も含め、教育を担い、関わる人々、教える人と学ぶ人、女性と男性、教師と子ども、子どもと子どもが「自他の敬愛と協力によって文化の創造と発展に貢献する営み」ということになるのですが、だからこそ、教育行政が教育という営みに介入し、「不当に支配してはならない」という原則も生まれていったのだと思います。このように、〈教育の自律性を尊重している第2条〉と、〈教育の自主性を重んずる見地から、教育行政の任務とその限界を示した第10条〉は深く結びついています。
 「前文」にも「われらは、さきに、日本国憲法を確定し」(憲法との一体性)、「われらは、個人の尊厳を重んじ」(個人の尊厳性原理)と書かれているように、教育基本法は、文字どおり「"われら"の教育宣言」です。現行法の「前文」と「第2条」、そして「第10条」は「"われら"の教育宣言」という点で強く結びついている条項です。そして今、出されている教育基本法改定案は、現行法の「第2条・教育の方針」をなくし、「前文」と「第10条」を書き換えており、「"われら"の教育宣言」を180度逆転させ、「"お国のため"の教育を組織する法律」に変えています(教育の国家統制法)。ですから、教育基本法の改定に反対する取り組みは、「"われら"の教育宣言」を守り貫く、歴史的な取り組みでもあるのです。
 
(2)子どもが自らの声(=思いや願い)を教師に届けられなくなってしまう?!
 
また、教育基本法の「第10条」を再読し、特に「国民全体に対し直接に責任を負って行われるべき」という教育理念の重要性について、深く捉えることも大切ではないかと感じています。現場教師と教育研究者の集いの場で(6/11)、ある市立小学校のA先生が「教育基本法を変える最大の狙いは、『愛国心』問題や『教育行政』の問題ではないと思う。教育基本法が変えられてしまえば、現場教師は、子どもの方を向いた教育を行えなくなってしまい、国の方を向いた教育活動が義務づけられてしまうのではないか。そこに一番大きな問題点があると思う」と強調しています。A先生は、「愛国心」問題や「教育行政」の問題を軽視しているのではなく、〈教育基本法が改定されてしまえば、「国民全体に対し直接に責任を負って行われるべき教育のあり方」が否定されてしまい、現場教師は「改定後の教育基本法」や「国が定める法律」、あるいは「国が決める教育振興基本計画」によって、がんじがらめになってしまうのではないか〉と、強く憂慮しているのだと思います。A先生は、小学生達から親しみのある「あだ名」でよばれており、小学生との良き関係性を大切にしている先生ですが、教育基本法が改定されてしまえば、今後、子どもの声に誠実に応答してくれるような先生は、いなくなってしまうかもしれません。なぜなら、小・中学生や高校生が、自らの思いや願いを、教師に届けようとしても、相手の教師は「改定後の教育基本法」と「国が決めた法律」等によって、がんじがらめに縛られてしまっているからです。子ども達にとって「よそよそしく、冷たい先生」や「『学校の規律を守れ!』と口うるさい先生」ばかりなってしまい、学校が、子ども達にとって今以上に息苦しい世界、生きづらい世界に変わってしまうからです。
 この点、〈教育の、国民に対する直接責任性〉は、子どもの声や父母の願いを大切にし、子どもの思いや父母の期待に直接応える教育をすすめるための、とても大切な原則です。そして、子どもの成長発達権や意見表明権とも深く結びついている原則です。教育基本法の改定案は、この大事な原則を根底から変えてしまうものなのです。
 
(3)「教育の自由」と「法律」との関係性
 
 「教育基本法に関する特別委員会」において参考人として意見陳述した、教育学者の堀尾輝久先生が「なんでも法で決めれば良いんだというんじゃない、なんでも法で決めれば現場でどうなるかということを、(政府・文科省の方々や委員の方々に)本当に考えていただきたい」「教育の固有の領域というものは、法になじまない領域もあるんだ」と強調されていましたが、私は、この場面を画像でみて「本当にその通り!」と思いました(日本教育法学会教育基本法研究特別委員会のHP)。「法律」は、いかなるものであれ、〈強制力〉を持ちます。しかし、一方の「教育」は、〈自由な空気〉の下でこそ、溌剌とした営みになります。ですから、堀尾先生が国会の場で指摘しているように、「法と教育の関係が非常に大事」です。この点、教育基本法は、たいへん慎重に審議され、かつ「抑制の原理」を踏まえて作られた法律であり、「教育の自由」や「教育の自主性」を保障している「教育の根本法」です(「教育の自主性」保障法)。今回、その「根本法」が「国家による教育統制法」に変えられようとしていることは、きわめて重大な問題です。
 
(4)国会審議の諸問題と今後の課題
 
「教育基本法に関する特別委員会」の審議では、堀尾輝久参考人や市川昭午参考人の意見陳述や野党の委員の方々の追及(横光委員、西村委員〔民主〕、石井委員〔共産〕、保坂委員〔社民〕ほか)が、重要な論点を浮き彫りにしています。しかし、答弁席にいる閣僚を含め、自民党や民主党の委員の双方から、「教育勅語」を賛美する発言や「国体」という言葉が飛び出す等、〈翼賛国会〉のような事態も生まれました。そして、「文科省・教育基本法改正推進本部」の有村治子副本部長(文科大臣政務官、参議院議員)が、「私も日本会議はじめ議連で一字一句もんできた一員でございます」と答弁する等(5/26)、特別委員会では、「日本会議国会議員懇談会」や「超党派改正議連」に所属する委員や国会議員が、憲法遵守義務に反するような発言等を繰り返しました。
 また、特別委員会では、与党側の委員が、戦前の日本で横行した〈子どもに対する教師の暴力や体罰〉を容認し、美化しています(6/8、保利耕輔元文相)。今年の6月はじめに、国連子どもの権利委員会が、「体罰その他の残虐な、又は品位を傷つける形態の罰から保護される子どもの権利」に関するジェネラルコメントを出したばかりです(一般的見解・第8号)。ですから、日本の国会では、世界の流れに逆行するような教育議論を展開していたことになるわけです。
  今回の「特別委員会」における審議については、「子どもたちを大切に・・・今こそ生かそう教育基本法全国ネットワーク」が「ミニシンポジウム」を開催しています(6/11)。そして審議内容の分析や今後の活動の大切な点について交流しています。このシンポでは、各報告者から「政府は、なぜ、教育基本法を改正するのか、その明確な理由を示せなかった」、「政府案も民主党案も、『国定日本文化』の法定化を狙っている」、「愛国心問題では、主権者が自ら形成する近代国民国家論が、民族国家論に乗っ取られてしまっている」、「政府案の16条、17条は、現行法第10条『教育行政』の重大な変質」等など、国会審議の問題点にメスをいれる指摘が沢山だされました。
 与党側の委員の中には、「教育基本法改正に関する論点は出尽した」等と述べている人物もいます(6/8、小杉隆元文相)。しかし、政府案には、これまでの審議の中で鮮明になった、数々の重大な問題点があり(政府案の違憲性、改憲論との類似性)、まだ十分に審議されていない、多くの問題点も残っています(例えば、「政府案と新自由主義的教育改革との関連」についての論戦は、まだ端緒についたばかりです)。
 こうした中で、私たちは、教育基本法の原点に立ち戻り、現行法の値打ちを再確認・再発見しながら、政府案が〈子どもの声や成長発達を押し潰そうとしている問題〔=教育そのものを破壊してしまう問題〕〉や〈教育における格差を拡大させてしまう問題〉、そして国会審議で明らかになった違憲性などを、国民の中に広く知らせ、教育基本法改定案を廃案に追い込むために、力をつくしていかなければならないと思います(06・6・22記)。
 
 
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