|
国連子どもの権利条約、国連子どもの権利委員会最終所見に基づく教基法改正法案の審議にあたって取り上げられるべきポイント
(第1稿)
|
2006年12月5日
Defence for Children International日本支部
代表 福田雅章(一橋大学名誉教授)
事務局長 世取山洋介(新潟大学)
|
<1> 国会制定法に優位する力を権利条約は持つにもかかわらず、改正案作成に当って権利条約は、なぜ、考慮されなかったのか?最終所見における勧告に反するのではないか?
1−1 子どもの権利条約は国内法としてどのような効力を有するのか?
第2回最終所見
10. 本委員会は、国内法が本条約の原則および規定を全面的に反映していないこと(例えば、本最終所見第22パラグラフ、第24パラグラフ、および第31パラグラフ参照)、ならびに、本条約が裁判所によって直接援用可能であるにもかかわらず、現実には援用されていないことを懸念する。
11. 本委員会は、締約国が、本条約の原則および規定、ならびに本条約の採用する権利を基礎に置くアプローチ(the rights-based approach)との適合性を確保するために、国内法の包括的な見直しを行ない、かつ、あらゆる適切な措置をとることを勧告する。
1−2 中教審における審議、与党協議会における法案作成において、国連子どもの権利条約、国連子どもの権利委員会最終所見は考慮されたのか?
衆議院教基法特別委5月30日
○保坂(展)委員 もう一点、市川参考人に伺いたいんですが、この委員会でも、六十年ぶりの大改正というのであれば、私たちは教育基本法を変えなくてもいいのではないかという立場なのですが、しかし、それを六十年ぶりに改めるのであれば、十二年前に批准した子どもの権利条約ですね、子供を権利主体として位置づけて、子供がみずから学ぶ権利を、各方面、打ち出した条約なんですが、この権利条約との絡みではどういう議論があったんでしょうか。
○市川参考人 教育基本法を考えます場合には、子どもの権利条約を初め国際的な条約とか宣言と抵触しないかどうかということが大事なことであろうかと思います。学者にもよりますけれども、国際条約の方が国内法よりも優先するという説もあるわけでございまして、非常に大事だと思いますが、中央教育審議会におきましては、一切その点に関する議論はございませんでしたし、どなたからもそれについて言及されることはございませんでした。
<2> 子どもの権利の本質、すなわち、子どもの成長発達権と子どもが相互的な人間関係を大人との間で持つ権利(意見表明件)を政府は無視しているのではないか?
2−1 子どもはまだ未成熟なので、権利の行使主体とはなり得ない、というのが政府の見解なのか?
164国会 衆特別委 第3回(5月24日)
○保坂(展)委員 社民党の保坂展人です。小泉総理に伺います。私たち社民党は、教育基本法は、かつての戦争を痛苦に反省して、憲法の理念実現のためにつくられたもの、今、性急に変えるべきものではないと思っておりますが、ただ、政府法案の中で、六十年ぶりの大改正、こういうふうにうたわれている。学校教育の主人公はだれなのか。私は、子供自身であるというふうに思います。一九九四年に我が国も子どもの権利条約を批准していますけれども、例えば十二条には意見表明権、十三条には表現の自由などありまして、子供は権利主体だ、こういう考え方を強く打ち出し、また、我が国政府もこれを実現していく義務を負っているわけですが、今回、この教育基本法案には、こういった子供が権利主体であるという考え方が、余りというか、権利や人権という言葉はありませんから、子供は教育を受ける客体として従順に教育を受けるという考え方が色濃い、こう思いますが、この点について、総理、どうお考えですか。
○小泉内閣総理大臣 それは誤解ですよ。教育というのは子供の持てるさまざまな力を引き出していく、これが教育でありますから、そういう精神を法にあらわそうと。条文を読みましょうか、いいでしょう。これが教育で、何も強制的に一つの考え方を押しつけるというものではありません。
○保坂(展)委員 もちろん、教育の中で強制的に考えをたたき込むものではないとおっしゃったので、例えば教育の中で子供が自分の意見をちゃんと言う、例えば先生の言うことについても自分の意見はある、こういうことは当然保障されるわけですよね。総理、どうですか。
○小泉内閣総理大臣 それは、子供だって、生まれて間もなく言葉もしゃべれないんですから、言えといったって何も言えない。それを、言葉を教えるというのがまず教育でしょう。学校に入って、家庭教育で教えを受けている子供もいるけれども、一定の年齢に達したら学校に入って、すべての子供たちが文字を読むことができる、言葉を話すことができる、足し算、引き算ぐらいはできる、いわゆる読み書きそろばんぐらいはできるようにして、将来、ああ、自分はこういう仕事につきたいな、こういう人になりたいな、こういうところに行きたいなと思える、そういう基礎的な能力を子供に持ってもらおうというのが義務教育として極めて大事な点だと私は思っております。
2−2 子どもの権利条約、そして、国連子どもの権利委員会は何ゆえに、子どもが権利行使の主体であると考えているのか?権利条約の下では、子どもは出生直後から権利を持つものとされているが、これはなぜなのか?
<解説>権利条約と国連子どもの権利委員会は、大人の権利を子どもに拡大したものを子どもの権利と考えているのではなく、子どもが出生直後から持っているコミュニケーションをする力と大人に働きかけて反応を導く力を権利として考えています。そして、そのようなコミュニケーションをして、大人から意味のある反応を導くことのできる大人との関係を権利として保障しようとしています。
権利条約
第6条1 締約国は、すべての児童が生命に対する固有の権利を有することを認める。
2 締約国は、児童の生存及び発達を可能な最大限の範囲において確保する。
第12条1 締約国は、自己の意見を形成する能力のある児童がその児童に影響を及ぼすすべての事項について自由に自己の意見を表明する権利を確保する。この場合において、児童の意見は、その児童の年齢及び成熟度に従って相応に考慮されるものとする。
一般的注釈第7号
14. 乳幼児の意見と感情の尊重 第12条は、子どもは自己に影響を与えるあらゆる事柄について自己の見解を自由に表明し、かつ、意見を考慮される権利を持つと規定する。この権利は、自己の権利の促進、保護および監視への積極的な参加者としての乳幼児の地位を強化する。乳幼児の−家族、コミュニティおよび社会における参加者としての−主体性の尊重は、年齢および未成熟性を理由に不適当なものとして、しばしば見逃され、または、拒否されている。多くの国と地域において、伝統的信念は、乳幼児を訓練し、社会化する必要性を強調してきた。乳幼児は未発達であり、理解をし、コミュニケーションをし、選択をする基本的な能力さえをも欠いていると見なされてきた。本委員会は、第12条が、年少の子どもおよび年長の子どもの双方に適用されることを強調したい。権利の保持者として、例え生まれたばかりの子どもであっても、自己の見解を表明する資格を与えられ、その意見は「子どもの年齢と成熟に応じて適切に考慮される」(第12条1項)べきである。乳幼児は、その環境を敏感に感じ取ることができ、自分の生活における人々、場所および日常的な事柄を非常に迅速に理解し、自分自身の固有のアイデンティティを自覚する。乳幼児は、 話し言葉および書き言葉を通じてコミュニケーションができるようになるずっと以前から、選択をし、様々な方法で、自分の感情、考えおよび希望をコミュニケートしているのである。これに関連して、
(a) 本委員会は、権利の保持者としての子どもは、自分の意見を表明する自由および、自己に影響を与える事柄について相談を受ける権利を持つという概念が、子どもの能力、最善の利益および有害な経験から保護される権利に適した方法で、出生直後から実施されること確保するために、あらゆる適当な措置を取ることを締約国に奨励する。
(b) 意見および感情を表明する権利は、家族(適用可能な場合、拡大家族を含む)およびコミュニティにおける子どもの日常生活において、乳幼児の健康、ケア、教育のための施設および法的手続のすべての側面において、ならびに、調査と相談によるのも含めて政策およびサービスの開発において、係留されるべきである。
2−3 国際社会では権利として位置付けられ、それをどのように保障するのかが政府にとっての課題と考えられている、子どもと大人との相互的な人間関係を、政府は、「法律以前」の問題として、自らの課題として引き受けることを避けようとしているのではないか?
164国会 衆特別委 第3回(5月24日)
○池坊委員 それでは、先ほどからも質問に出ておりました豊かな情操と道徳についてお伺いしたいと思います。…総理、人間としての基本、豊かな心、情操をはぐくむということについて、総理のお考えをお伺いしたいと思います。
○小泉内閣総理大臣 まず、情操をはぐくむ一番大事なことは、愛し、愛されることだと思うんです。親が子供を愛す、これが本来人間の持っている、動物の持っている基本だと思います。…私は、法律以前に最も大事なことは、まず親がしっかりと子供を愛す、認める、受けとめる。そして子供も、口で親から言われなくても、周りの方、家族の人たちからしっかりと、ああ、自分は愛されているんだな、受けとめられているんだな、認められているんだなという認識を持たれるような環境をつくるということが大人の責任ではないかと思っています。それが今若干欠けてきているのではないかなと。そういう点については法律では律し切れない面も多々あると思いますが、私は、情操教育の基本は、まず親がしっかりと子供を愛すること、子供も、ああ、自分たちは周りの人たちから愛されているんだという気持ちを持つこと、これがあらゆる情操教育の基本だと思っております。
2−4 国を愛する態度を涵養することについては、法律の問題として引き受ける政府法案を提出しておきながら、なぜ、親や教師が子どもを愛せるようにすることを可能にする規制(例えば、労働時間規制)や条件整備(少人数学級の実現、教師の労働時間の削減、教師の労働密度の減少)を立法の課題として引き受けないのか?政府案には、このことを政府に義務付ける規定はあるのか?
<解説>新しい基本法形式が取られ、財政確保義務が課せられる場合、それが課せられるのは、予算策定権限を持つ「政府」とされるのが通常である。しかし、政府案では、予算確保義務は「国」すなわち文科省に課せられているに過ぎず、政府予算全体における政府教育予算の確保義務は存在していない。
164国会 衆特別委 第9回(6月5日)
○小坂国務大臣 私どもの方は、条文は同じ十六条なんでございますけれども、教育行政という項目の中で、「国は、全国的な教育の機会均等と教育水準の維持向上を図るため、教育に関する施策を総合的に策定し、実施しなければならない。」としております。同様に、地方公共団体も、「地域における教育の振興を図るため、その実情に応じた教育に関する施策を策定し、実施しなければならない。」としておりますし、また第四項におきまして、「国及び地方公共団体は、教育が円滑かつ継続的に実施されるよう、必要な財政上の措置を講じなければならない。」としているところでございます。さらに、十七条におきまして、教育振興基本計画を策定し、そして、計画的に教育基本法に規定された事柄が実施できるように、計画的な推進について定めているところでございまして、これらの規定をもって、今日まで努力してまいりました他の法律、例えば義務教育国庫負担法とかあるいは標準法とかあるいは教員の人確法と言われるような形で、予算面でも配慮されなければならない、給料面でも配慮されなければならない、こういった規定を設けながらその確保に努力をしているところでございます。
<3> 政府案は、国連子どもの権利委員会が指摘した「高度に競争主義的な教育制度」がもたらす子どもの「発達の歪み」をさらに悪化させるのではないか?
3−1 現在にあっても、「高度に競争主義的」と指摘されている教育制度にさらに「競争」を導入する必要性はどこにあるのか?高校入試で、各高校の格付けがされている上に、小学校と中学校まで格付けする必要はどこにあるのか?伊吹文科大臣が指摘している「日本の教育はひどい」という事実を示す量的および質的データを明らかにされたい。
初回最終所見
22.非常に高い識字率により示されているように締約国により教育に重要性が付与されていることに留意しつつも、委員会は、児童が、高度に競争的な教育制度のストレス及びその結果として余暇、運動、休息の時間が欠如していることにより、発達障害にさらされていることについて、条約の原則及び規定、特に第3条、第6条、第12条、第29条及び第31条に照らし懸念する。委員会は、更に、登校拒否の事例がかなりの数にのぼることを懸念する。
第2回最終所見
49. 本委員会は、締約国による教育制度改革のための努力および、教育制度を本条約によりよく適合させるための努力に留意するが、それにもかかわらず、本委員会は以下のことを懸念する。
a) 教育制度の過度に競争的な性格が子どもの肉体的および精神的な健康に否定的な影響を及ぼし、かつ、子どもが最大限可能なまでに発達することを妨げていること。
164国会 衆特別委 第3回(5月24日)
○志位委員 学力テスト一般を私たちは否定しているわけじゃありません。抽出的に調査をして、実態がどうなっているかということを調べることはあるでしょう。しかし、全国一斉にすべての子供に対してやる必要はない。それをやったらこういう競争や序列化が起こるということを私は指摘したのに、あなたは全くそれに対する自覚がない。ここに、首相が議長を務める経済財政諮問会議に前の文科大臣の中山さんが提示した資料があります。何のために学力テストをやるのか、競争心の涵養のためだと言っていますよ。もっと競争に追い立てるために学力テストをやる、こういうことを言っています。しかし、日本の教育における過度の競争主義の問題というのは、国連の子どもの権利委員会から繰り返し批判されている。九八年の勧告では、高度に競争的な教育制度のストレスで児童が発達障害にさらされると批判されている。二〇〇四年の勧告では、にもかかわらずフォローアップがされなかったと批判されている。この国連の勧告にも全く逆行する競争のあおり立てだと私は思います。
164国会 衆特別委 第3回(5月24日)
○小泉内閣総理大臣 学力テストがいけないとは私は思いませんね。学力テストが学校の格差をつけるとか、あるいは生徒に特別な負担を強いるかということじゃなくて、やはり読み書きそろばんというように、基礎的な学力は子供たちにつけてもらわなきゃならない。できない子に対してはできるように、わからない子にはわかるように教えるという習熟度別授業というものに対して、私は必要だと言っているんです。
3−2 政府案採決後に予定されている、「競争」と「効率」の教育、すなわち、悉皆方式の全国学力テストの実施、学校選択の実施によって、競争が激化することに対する歯止めは、政府法案に用意されているのか?「人格の完成」なのではないか。政府は、競争主義的教育制度と子どもの成長発達権との矛盾を自覚していないのではないか。「人格の完成」であるとすれば、国は、「人格の完成」が阻害されないために、どのような措置を講じるつもりなのか?
3−3 実態調査のために学テを行なうのであれば、@悉皆方式ではなく、抽出方式とすれば十分ではないか?なぜ、悉皆方式が必要なのか?A競争的性格のさらなる強化を避けようとすれば、小中学校毎の学テ成績公表を自治体の判断に委ねるのではなく、それを禁止すべきではないか?競争の激化を防ぎ、「人格の完成」に寄与することが政府の義務なのではないか?でないとすれば、政府案に「人格の完成」を書き込んで意味はどこにあるのか?
164国会 衆特別委 第8回(6月2日)
○小坂国務大臣 今御紹介をいただきましたような東京都の学力テストでございますけれども、東京都は東京都として独自に、児童生徒の学力向上を図るための調査という形で、先ほど御提示をいただいた、国語、算数といいますか数学、それから社会、理科、英語、英語は中学のみと聞いておりますが、及び意識調査という形で実施をしておって、十五年、十六年、十七年、それぞれ、中学二年、あるいは小学校五年と中学二年の全員とか、小学校五年と中学二年については十六、十七と継続して、経年的な変化も見るということなんでしょうが、こういうふうに実施をしていることは承知をいたしておりますし、この学力調査が子供たちの学力の向上や学校教育の充実に役立っているものと考えるわけであります。しかし、今御指摘がありましたように、学校別に順位づけを行って、それを公表するということについて は、私は慎重であるべきだと思っております。
<4> 家庭の経済力に起因する高等教育の進学機会の格差という問題に、政府法案はどのように応答しているのか?
4−1 現行法4条の機会均等規定が存在し、それに基づく奨学制度が取られてもなお、高等教育進学に当たっての経済格差が存在する以上、問題解決のための新たな措置が取られるべきなのではないか。
4−2 政府は、18歳以降就労している者と、大学に進学している者との間の税負担の不公平を根拠に、高等教育の無償制の導入に反対しているが、高卒労働者の生涯納税額と、大卒労働者の生涯納税額に関するデータを示し、両者の差が、4年分の学費よりも少ないことを論証せよ。
第2回最終所見
49. 本委員会は、締約国による教育制度改革のための努力および、教育制度を本条約によりよく適合させるための努力に留意するが、それにもかかわらず、本委員会は以下のことを懸念する。
b) 高等教育への進学が過度に競争的であるため、公立学校の教育が、貧しい家庭の子どもには手の届かない私的な家庭教師や塾の学習によって、補われなければならいこと。
<5> 親、子ども、学校の共同による、競争主義的教育制度、いじめその他の問題の克服について
5−1 子どもおよび親の学校運営参加を基礎付ける現行法10条1項における教育の直接責任に関する文言を削除したのはなぜか?
5−2 政府法案において、子どもおよび親の学校運営参加を基礎付ける規定はどこに存在するのか?
第2回最終所見
49. 本委員会は、締約国による教育制度改革のための努力および、教育制度を本条約によりよく適合させるための努力に留意するが、それにもかかわらず、本委員会は以下のことを懸念する。
a) 教育制度の過度に競争的な性格が子どもの肉体的および精神的な健康に否定的な影響を及ぼし、かつ、子どもが最大限可能なまでに発達することを妨げていること。
c) 学校における子どもの問題および紛争に関して、親と教師との間のコミュニケーションおよび協働が極めて限定されていること。
50. 本委員会は締約国に以下のことを勧告する。
a) 高校を卒業したすべての者が高等教育に平等にアクセスすることを確保するために、教育の高い質を維持しながら学校制度の競争主義的な性格を抑制することを目的として、生徒、親、および関連する非政府組織の意見を考慮に入れながら、カリキュラムを見直すこと。
b) 学校における問題および紛争、特に、いじめを含む学校における暴力に効果的に対応するための措置を、生徒および親と共同して、開発すること。
<6> 学校における子どもの市民的自由の保障について
6−1 学校行事において国旗敬礼および国家斉唱を拒否する権利は親にあるのか?子どもにはそのような権利が認められるのか?権利条約では、子どもが子どもであると理由に基づいて、大人の場合には許されなくとも、子どもの場合には許される子どもの市民的自由の制限は認められていない。それでもなお、子どもの場合には拒否権が認められないというのか?
子どもの権利条約第14条
1 締約国は、思想、良心及び宗教の自由についての児童の権利を尊重する。
2 締約国は、児童が1の権利を行使するに当たり、父母及び場合により法定保護者が児童に対しその発達しつつある能力に適合する方法で指示を与える権利及び義務を尊重する。
3 宗教又は信念を表明する自由については、法律で定める制限であって公共の安全、公の秩序、公衆の健康若しくは道徳又は他の者の基本的な権利及び自由を保護するために必要なもののみを課することができる。
6−2 改正法案の政治教育条項のもとにあって、高校生の政治活動に関する69年通達はなお維持されるのか?国連子どもの権利委員会からの勧告に従わない理由はどこにあるのか?
第2回最終所見
29. 本委員会は、学校に通う子ども(school children)による学校内外における政治的活動に加えられている制限を懸念する。本委員会は、また、18歳未満の子どもが組織に加入する場合に親の同意が求められることを懸念する。
30. 本委員会は、締約国が、本条約第13条、第14条および第15条の全面的な実施の確保を目的として、学校に通う子どもの学校内外における活動を規制する法律および規則、ならびに、組織に加入するに当たって親の同意を求めていることを見直すことを勧告する。
<7>親の第一次的養育責任について
7−1 親の第一次的責任には、子どもの思想形成に対する第一次的責任と、それを国に尊重される権利が含まれるのか?
子どもの権利条約第5条
締約国は、児童がこの条約において認められる権利を行使するに当たり、父母若しくは場合により地方の慣習により定められている大家族若しくは共同体の構成員、法定保護者又は児童について法的に責任を有する他の者がその児童の発達しつつある能力に適合する方法で適当な指示及び指導を与える責任、権利及び義務を尊重する。
子どもの権利条約第14条
1 締約国は、思想、良心及び宗教の自由についての児童の権利を尊重する。
2 締約国は、児童が1の権利を行使するに当たり、父母及び場合により法定保護者が児童に対しその発達しつつある能力に適合する方法で指示を与える権利及び義務を尊重する。
3 宗教又は信念を表明する自由については、法律で定める制限であって公共の安全、公の秩序、公衆の健康若しくは道徳又は他の者の基本的な権利及び自由を保護するために必要なもののみを課することができる。
7−2 宗教的情操を子どもに培うための教育、あるいは、愛国的態度を育てるための単元を拒否する権利は、子どもの権利条約に従い、親に承認されるのか?
|
| ▲上へ |
|