こころと命の学校−貝塚養護学校・寄宿舎−をなくさないで 橘岡正樹(大阪市立貝塚養護学校)
@はじめに〜貝塚養護学校ってどんな学校〜
貝塚養護学校は、大阪市立唯一の病虚弱児のための養護学校(病弱養護学校)です。病虚弱の小中学生を対象にした寄宿舎のある学校で、1948年の創立以来「療養しながら学べる学校」として、結核・腎疾患・喘息・アレルギー疾患・肥満・小児がん・白血病等さまざまな疾病を持つ子どもたちの教育を保障してきました。一方で、1961年に初めて不登校(登校拒否)を伴う心身症の子どもを受け入れ、現在まで1000人を超える不登校(登校拒否)・心身症の子どもたちの教育・発達を保障してきました。最近では、被虐待や広汎性発達障害に起因する友人関係のもつれ、また、いじめ等から心身症・神経症になった子どもたちも在籍しています。 小学部と中学部があり、場所は、大阪市内から南へ約30q、貝塚市東部の丘陵地に位置し、周囲は森に囲まれ、豊かな自然環境に恵まれた学校です。
A突然の学校指定の停止(転入学の停止、近い将来の廃校)の発表
大阪市教育委員会は、2006年11月7日に貝塚養護学校の就学に係る学校指定について2007年度から停止することを、保護者や教職員に何の事前説明もなく突然に発表しました。しかも、病弱の子どもの将来や人生に関わるこの重大な決定は、10月24日の教育委員会会議で、傍聴者が退出したあとに議題外の単なる連絡事項として取り扱われました。大阪市教委は、学校指定の停止の理由として在籍数の減少をあげていますが、貝塚養護学校を必要としている子どもたちが減っているわけでは決してありません。大阪府内の病気・不登校が理由の小・中学生の長期欠席者数は1万5千人を超えていること(大阪市で約4500人)からも明らかです。
B今こそ必要な学校!こころと命の学校−貝塚養護学校・寄宿舎−をなくさないで
卒業生:「なんで学校にきたんや」と言われ、私は生きることが苦しく死にたいとリストカットする毎日でした。貝塚養護学校に転校し人生が大きく変わりました。寄宿舎では団体生活、責任、独立することを学び、温かい先生方に支えられ勉強が大好きになりました。 人間関係の難しさとともに人のやさしさと命の大切さを学びました。今、私は高校3年生、毎日学校に通っています。いじめで自殺する人がいますが、私も一緒でした。その人も貝塚養護学校に来ていたら助かっていたかもしれません。 卒業生:生きることに疲れ、だからといって死ぬこともできず、苦しんでいた。貝塚養護学校で勉強だけでなく、生きる力を学んだ。今の自分があるのは、貝塚があったから。 保護者:情緒不安定で息子の首に手をかけたことも一度や二度ではない日々でした。貝塚養護学校に出会い、そこで学べる素晴らしさ、安心して学校生活を送れる毎日、壊れる寸前だった親子の関係が修復されていくことを実感でき、うれしく思える最近。息子の首に手をかけたあの日。思いとどまって良かったと、今、心から思います。 保護者:孤独感から心も荒んで「死にたい」ともらすようになり、自分は価値のない人間だと自暴自棄になっていました。学校や寄宿舎の先生方の深い愛情に包まれて、心が癒され、何よりも自分を認めてくれる友人、自分を必要としてくれる仲間を得て、明るさを取り戻し、自分自身を否定しなくなりました。学校でありながら心の病院でもある貝塚養護学校がなければ、今の彼はなかったと思っています。
C「貝塚養護学校の子どもと教育を守る会」のとりくみ
貝塚養護学校・寄宿舎は、子どもたちの笑顔を再び呼び戻せる場所です。病気の子ども、こころを病んだ子ども、いじめられた子どもの、こころも体も癒し再生させてくれる学校です。貝塚養護学校・寄宿舎の存続・発展を求めて、「守る会」のたたかいは続きます。「守る会」の活動に関してはホームページ(http://kaiduka.sakura.ne.jp)をご覧ください。
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